紫香楽宮は、今からおよそ1,250年前の奈良時代中頃、現在の滋賀県甲賀市信楽町の北部に聖武天皇が造営した都です。
平城京から恭仁京、難波宮へと都がめまぐるしく移り変わる時期に、聖武天皇の理想を体現するために生まれました。天平17(745)年の正月には「新京」と呼ばれ、正式な都となります。
しかし同じ年、山火事や地震が相次ぎ、わずか数か月で都は平城京へと戻りました。短くも確かにこの地に存在した、"幻の都"の物語です。
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幻の都の、歴史と史跡
紫香楽宮は奈良時代の中頃、聖武天皇が造営を命じたみやこです。今は奈良の東大寺にある大仏様も当初はここしがらきの地で造り始められました。
史跡紫香楽宮跡がある信楽町雲井地区はみやこ建設当時の景観が大きく損なわれることがなく、現在は良好な水田風景や豊かな里山が残る地域です。
七四五年、かつてこの地に都があった。
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紫香楽宮は、今からおよそ1,250年前の奈良時代中頃、現在の滋賀県甲賀市信楽町の北部に聖武天皇が造営した都です。
平城京から恭仁京、難波宮へと都がめまぐるしく移り変わる時期に、聖武天皇の理想を体現するために生まれました。天平17(745)年の正月には「新京」と呼ばれ、正式な都となります。
しかし同じ年、山火事や地震が相次ぎ、わずか数か月で都は平城京へと戻りました。短くも確かにこの地に存在した、"幻の都"の物語です。
SIGHTSEEING / 史跡ロマン観光
紫香楽宮跡には複数の遺跡があります。それぞれの発掘調査から、幻の都の姿が少しずつ明らかになってきました。
(画像: 宮町地区(宮殿跡)復元イメージCG)
01甲賀市信楽町宮町
紫香楽宮の中枢施設と推定される宮殿建物や長さ100mを超える朝堂などが発見されました。これまでに7000点を超える木簡が出土し、古代史を研究する上で重要な遺跡となっています。
(画像: 新宮神社遺跡 調査地全景)
02甲賀市信楽町黄瀬
宮町遺跡と甲賀寺跡の中間に位置し、広い道路や橋脚、掘立柱建物跡が確認されています。道路はみやこのメインストリートである朱雀路に相当するとみられ、建物はその通行を警備・管理する役所であったと考えられています。
(画像: 鍛治屋敷遺跡 調査地全景)
03甲賀市信楽町黄瀬
甲賀寺で使用されたとみられる銅製品を製作した工房跡であり、当時の官営工房の実態を示す貴重な遺跡です。令和3年から、紫香楽の色を象徴する紫のラベンダー栽培がこの地で開始されています。
(画像: 北黄瀬遺跡 覆屋をもつ井戸)
04甲賀市信楽町黄瀬
覆屋(おおいや)をもつ1辺の長さが2mの大型の井戸がみつかりました。同時に発見された木製の導水施設とともに大量に水を必要とする造酒司や大膳職などの役所跡と推定できます。
(画像: 東山遺跡第2次調査 調査地全景)
05甲賀市信楽町黄瀬
平成29年の調査で大型掘立柱建物がみつかり、翌年の調査でも西に約100m離れた位置に掘立柱建物がみつかりました。遺跡の性格はまだ不明ですが、大仏建立の際の儀式のためのものや写経のための施設、寺院の運営に関わる実務的な役所であった可能性が考えられています。
(画像: 復元した内裏野地区のCG)
06甲賀市信楽町牧・黄瀬
聖武天皇によって造られた「甲賀寺跡」。地表面に残された礎石を見ることができます。見学ルートは管理され、南側にトイレや遺跡説明版もあり見学しやすくなっています。※駐車スペースあり(数台可)
ACCESS
新名神高速道路 信楽ICから約5分で宮町遺跡(宮殿跡)および展示室へ。そこから約5分で甲賀寺跡。
JR草津線 貴生川駅で信楽高原鐡道に乗り換え、紫香楽宮跡駅下車。甲賀寺跡まで徒歩約15分、宮町遺跡まで徒歩約45分。
※バスはありませんので、オンデマンド型公共交通《コミタク》をご利用ください。
予約専用電話 0748-82-1181(滋賀タクシー株式会社)
周辺アクセスマップ
※画像は現行サイトのものを仮で使用。最終的に高画質データへ差し替え予定。
甲賀寺跡(Googleマップ)
EXHIBITION
紫香楽宮跡関連遺跡群 宮町展示室
宮町展示室(Googleマップ)
CONTENTS
幻の都の跡地・鍛治屋敷遺跡では、ラベンダーの植栽が続いています。栽培やイベントの情報は「紫香楽ラベンダー」のページでご覧いただけます。